2011年3月11日に起こった福島第一原子力発電所事故、東日本大震災及び津波によるの被害を今なお受け続けている子供達の肖像画です。
子供たちの描いた絵、言葉の中にイギリス人画家ジェフ・リードが子供たちの希望に応じて肖像画を描き入れました。

2011-07-05

Do we need elctricity to have fun? 電気はなくても楽しく生きられる

福島第一原発が爆発した時、19歳のKさんはインドにいたが、日本の多くの被災者や家族と同じ状況を分かち合いたいと思い帰国した。インドでKさんは人々がとても質素な生活をしているのを目の当たりにし、電力なんてほんの少しあれば人は楽しく生きられるのだと悟った。肖像画の色に選んだのはインドの神聖なお祭りに使われる色。肖像画の背景には自筆の言葉を添えてくれた。

K-san, 19, was in India when Fukushima Daichi exploded. He wanted to get back to Japan to share the situation with his family and the Japanese people. Looking around at how simply many people have to live in India, it made him realise that in fact we need very little electricity to have fun. He wrote this on the image and chose colours to represent the Indian Holi festival

2011-07-01

Wind and water from the mountains

Aged 8, Fukushima prefecture. Her words:

わたしがはたちのころには、大学に行っているころみんなは、どこの大学にいるのかな。
休みのときは、ケーキやさんにいってアルバイト。

I am solar

T-kun, aged 11, Fukushima prefecture. Here is his message:

ぼくが思う10年後、20年後の福島は、今よりもっと住みやすく、キレイな所になっていると思います。
ほとんどの家がソーラーパネルを設置して、発電方法も火力や原子力を終わり、風力、水力、太陽力を使っている未来になっていると思います。
この日本エコになる事は、現在、震災のえいきょうを受けている、岩手、宮城、福島から広まると思います。地震のえいきょうでこの3県は他よりも強くたくましくなるでしょう。そしたらエコな事も始まり、日本中がエーコな国になるでしょう。そのことを願って大人になります。

Fukushima windmill rainbow

A-chan, age 6, Fukushima prefecture. Her words:

せんぷうきみたいな、ふうりょくはつでんで、でんきをおこす。それでごはんのしたくをします。カレーをつくります。

Worlds of emotion

S-kun, age 10, Fukushima prefecture. His message:

未来のエネルギーは、風が吹かなくなり、風力発電はなくなる。そして電気がなくなる。
でも未来に新しい電力が生まれる。水(すい)重(じゅう)発電。この水重発電は、雨の日にかこいの中に雨がふる。その重さを使って発電する。
また、もう一つの電力が生まれる。空気発電。森林をドームに植える。そして空気の力でおして発電する。空気を森林できれいにする。
でも風力発電はこの10倍計画して、電気が多くなる。
しかし、このくらしが好きになる。

Happy winds

C-chan, 8, Fukushima prefecture. Her message:

20年後には、福島はしんさい前のように、みんなの笑顔がもどっている。そして私は大人になっていて、楽しく、くらしていたい。時々みんなに会って絵をかいたことや遊んだことを話したい。横田小学校ものこっていてほしい。
エコもずっとつづけたい。今みたいに大へんなことがなくてもせつ電、、せつ水をつづけたい。
友だちみんなも、今のようにエコをつづけてほしい。

Wind house sunset

Aged 9, Fukushima prefecture

Wind power tower

K-kun is 9 and lives in Fukushima prefecture. His message:

11年後には、リサイクルやしんせつなことをするちきゅうになっていて、ちきゅうをたいせつにする人たちがたくさんいると思う。
だから、もっとちきゅうにあいをこめて、ぼくはちきゅうをおうえんする。

The world in my hands

Aged 8, Fukushima prefecture. The message is "Ganbare Nippon"  which means 'try hard Japan.' Here is her message:

12年後、私たちの日本は平和で福島では、げんぱつなどなく、電気は自分たちでつくり、車もなく、自転車もなく、歩くかすわっていけるあんぜんな生活をして、せい人式にみんなにひさしぶりにあって、よろこんで、じしんがきてもげんぱつじこなんておさらばです。
でも横小はのこっていて、よくあそびにいく。なぜなら高校は郡山で、大学はこっちで家は近くで子どもをつれてきて、いっしょにあそんで、子どもは2人 男一人、女も一人。しかもこの学校に子どもをかよわせて横小の学校だよりを大人になっても見たいし、大人の目でこんなかんじかあーとみたいから。

The strong house

Age 10 Fukushima prefecture. His message:

10年後はごみをすくなくして、電気を使うときは、ソーラーパネルでむだな電気を使わないようにしたい。
そしてぼくは、しんかんせんの運転しになっている。
テレビやパソコンはあまりやらないで、これからなるべくエコをしたいです。やさしい地球になってほしい。


Aged 11, Fukushima prefecture. Her message:
20才の私は、ペットショップではたらいています。ソーラーパネルとふうりょくはつでんで電気をおこしてお店をあかるくする。

Green Fukushima

Aged 8, Fukushima prefecture. Her message:
 あと15年後には、福島が元気になっていて、風力で電気をおこせるようになる事。
私は、大学に入って、生物、動物の勉強をしている。

Grandfathers are important

東京赤坂プリンスに一時避難中の被災者対象に行われたイベントのバザーで、母親が買い物をしている間、2歳のお孫さんRちゃんを子守りするHさん。一家は事故を起こした福島第一原発の南にある「いわき市」から避難している。Rちゃんがソワソワして居心地悪そうにしていると、支援者達がみな彼女の周りに集まってあやしたりなだめたりした。二人の肖像を描くにあたり、Hさんが肖像画に使う色を選び、そしてお孫さんの健康を願って直筆のメッセージを書いてくれた。


About this drawing
H-san held his 2 year-old grandaughter R-chan while her mother looked round for things they need at the support event for evacuees staying at the redundant Akasaka Prince Hotel in Tokyo. They had left Iwaki, south of the Fukushima Daichi nuclear accident. R-chan was fidgety and everyone gathered around to entertain her. Her grandfather chose the colour and wrote the message hoping for good health for her future.

Hold on tight ギュッと抱きしめる

お母さんに抱かれた一歳のAちゃん、その手には縫いぐるみが抱かれている。お母さんはAちゃんはピンクが好きだと言ってピンク色の画材を選び、Aちゃんの健康を願って一筆添えてくれた。肖像を描く間、Aちゃんはとても大人しくいい子にしていた。
Aちゃんの一家は高い放射線量が記録された郡山市から避難している。

About the drawing
A-chan is 1 year old, and held her toy, just as her mother was holding her. Her mother wrote the message wishing her good health, and said she liked pink. A-chan sat very calmly and well for her portrait. They had evacuated from Koriyama City to escape the higher radiation. This is A-chan's brother

I like circles ボクは丸が好き

K君は三歳の男の子。お母さんが選んでくれたクレヨンで、お気に入りの円を肖像画の周りにたくさん描いてくれた。K君へのメッセージはお母さんの直筆。K君のお母さんは、福島第一原発から50キロ離れた郡山市に住んでいたが、上昇する放射線レベルを心配し、子供達を連れて自主的に避難してきた。彼女らは現在避難所として滞在している営業停止中のホテルをもうすぐ退去しなくてはならない。K君の妹さんはこちら


About the drawing
K-kun is 3 years old. He likes drawing circles so he decorated his portrait with them, and his mum helped to choose colours and wrote the message. His mother voluntarily evacuated him from Koriyama City, about 50km west of Fukushima Daichi because of the raised radiation levels. Soon they will have to leave the disused hotel in Tokyo they are staying at. Click for K-kun's sister.

Pink flowers ピンクの花

Kちゃんは4歳の女の子でピンク色が大好き。彼女は自分で上手に花の絵を描いた。彼女のお母さんは、Kちゃんの健康を祈りながらメッセージを添えてくれた。彼女達は福島第一原発から33㎞南のいわき市から避難してきた。いわき市沿岸部は津波による被害も出ている場所である。現在は家族で赤坂プリンスホテルに宿泊しているが、まもなくそこも出なくてはならない。


About the drawing
K-chan, aged 4, wanted pink - what a surprise! And she drew the flowers onto her portrait. Her mother wrote the message which says "You are mum and dad's treasure." She had been evacuated from Iwaki-shi, about 33km south of the Fukushima Daichi nuclear plant. The coastal areas of Iwaki also suffered tsunami damage. Her family were staying at the Akasaka Prince Hotel, but would soon have to leave.

In memory of a much loved baby 愛された子供を追悼して

福島から避難した母親の言葉

福島県楢葉町はありふれた田舎の町です。
人よりも木々が多い。
秋には山々が紅葉し、冬には葉を落とす。
春の淡い若葉、夏の潮風。
東北の海の色は少し暗い。
子どもの数は少なくて、元気なじぃじゃばぁばがいっぱいいます。


そこを地震が襲いました。
地震は津波をよんで、津波は原子力発電所を襲い、
大きな災厄をもたらしました。
自然を予測することは難しい。
千年に一度の出来事だったのです。
誰かを責めるより、今は頑張ってくれている人を応援したい。
そして、いつかありふれた故郷に戻りたい。
私達の悲しみが未来の糧となりますように。
この出来事が子ども達の未来を、よりよくしていくきっかけに
なればいいと思っています。



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この母親が住んでいたのは福島第一原発から数キロの地点。現在は東京の赤坂プリンスホテルに避難している。彼女は私に地震前に肺の病気で亡くなった赤ちゃんの絵を描いてくれないかと依頼してきた。赤ちゃんは生涯をずっと病院で過ごしたので、医療器具が装着された写真しか存在しないのだと言う。彼女は携帯電話に記録された小さな画面を見せてくれた。私は彼女に「この赤ちゃんを抱っこしている写真はありますか?」と聞いて、そのような一枚を描きましょうと提案した。彼女は、温かく愛情を感じるからと暖色を選び、その色を使って私は母子の肖像を描いた。亡くなった直後に撮られた写真の赤ちゃんは目をつぶっていたが、絵の中では目を開き、その小さな手でお母さんと手を握っている。

Written by the mother above who evacuated from Fukushima:

Naraha-cho in Fukushima prefecture is just an ordinary local town.
There are more trees than people.
In autumn the mountains change colour, in winter the leaves fall.
In spring young delicately coloured leaves come, in summer the sea breeze.
The colour of Tohoku’s ocean is a little dark.
There are only a few children, though there are many energetic elderly men and women.

This is where the earthquake attacked.
The earthquake caused the tsunami, and the tsunami attacked the nuclear power plant.
The result was an overwhelming disaster.
It is so very difficult to predict nature.
It was a once in a thousand years incident.
I don’t want to accuse anyone, but I do want to support people who are giving everything for us
Someday I want to go back to that ordinary local place.
I hope that our sadness will nourish the future.
I hope what has happened will be become a chance to start making a better future for our children.

About the drawing
This mother was compulsorily evacuated from a few kilometres away from Fukushima Daichi and was staying in emergency acommodation at the Akusaka Prince Hotel in Tokyo. She asked if I could draw a nice picture of her small baby who had died of lung complications before the disaster. They only had pictures with medical equipment. She showed me a small mobile phone picture. I asked if she had any nice pictures of her holding the baby, and suggested that we make one. She chose colours that she felt had a warm loving feeling. I opened the baby's eyes and drew them holding hands.